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第一章(九) [小説<十九歳の呪い>]

         第一章(九)

 八月十九日 
<兄ちゃんが死んで一週間が過ぎた。まだ信じられない。父ちゃんは黙りこくったままだし、母ちゃんは台所で泣き、風呂で泣き、飯を食いながら突然泣き出す。父ちゃんは泣くなと怒る。その父ちゃんも目を赤くしている。僕だって部屋に戻ると布団に頭を突っ込んで泣いている。家の中のどこを見ても兄ちゃんを思い出す。思い出しても思い出しても兄ちゃんはどこにもいない。
 人は死ぬものだと僕は知っている。だけど、あんまりだ。酷すぎる。兄ちゃんは何の為に生まれてきたのかわからない。何もしないで死んでいった>

 九月十一日

<バカだ! 父ちゃんはバカだ! 大バカヤローだ! 全部嘘っぱちだ。兄ちゃんは何だったんだよ! わかってたなら何とかしろよ! バカヤロー! みんなバカだ!
みんな呪われて死んじまえばいいんだ! 何なんだよー 荻野家の呪いって何だよ! 兄ちゃんは犠牲になったって? 何の犠牲だよ! 僕たちの為に死んだって? そんなバカなことあるか!>

 九月二十日

<父ちゃんは何にもできねぇ、母ちゃんは泣いてばっか、僕はガラスを割った。どうすりゃいいんだよ>

 九月二十一日
 
<荻野家はクソの子孫だ。僕も父ちゃんもクソだ。何があったんだよ、はっきりしろよ! 父ちゃんは腑抜けだ。得体の知れねぇもんに負けてたまるか。今まで何してきたんだ。荻野家はバカばっかりだったのか。僕もバカになるのか。ふざけんな、僕は絶対負けねぇ>

 九月二十二日  

<もう、うんざりだ。父ちゃんの話は聞き飽きた。大昔に何があったか知らないけど、僕には関係ない>

 九月二十三日 

<あんな記録があるなんて、荻野家は本当にバカだ。あんな記録を残してどうするつもりなんだ。僕には理解できない。あんな記録は燃やしてしまえばいい。お祓いでも何でもすればいい。何で長男が十九歳で死んじまう。何で長男なんだ。何で僕と父ちゃんは大丈夫なんだ。絶対変だ。何かが狂っている。ロケットが飛ぶ時代なのに、何でこんなことが起きるんだ。あんな記録はインチキだ。でっち上げに決まっている。何か別の理由があるはずだ。きっと呪いのせいにしているだけだ> 


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第一章(十) [小説<十九歳の呪い>]

         第一章(十)

      九月二十六日 

<父ちゃんとお寺に行った。住職が色々話してくれた。呪いというのはもしかしたら本当かも知れない。もし本当だとしたら僕はどうすればいい。僕は兄ちゃんの死に顔を見なかった。父ちゃんが見せなかったからだ。二百年前に何があったのか誰も知らない。荻野家の跡継ぎは短命だからと、父ちゃんも覚悟しているみたいだ。バカバカしい。それなら僕にも関係するということだ。だけどいくら話を聞いてもわからない。最後には呪いだと言われておしまいになる。誰も何もわかっていない。息子を死なせた父ちゃんが一番わかっていない。わかっていたら助けたはずだ。助けなかった父ちゃんが憎い。呪いなんかに負けたりしない>


 ノートはここで終わっていた。この年から親父は日記を書いていない。
「親父は知ってたってこと?」
 お袋に訊いた。
「お父さんは何にも言わんと死んだ。お母さんにはひと言も言わんかった。そやけど、この日記を読んだらようわかる。呪いのことは知ってたんや」
 お袋はそう言って、恨めしそうにもう一度ページを開いた。
「そやけど肝心なことは何にも書いてへん。荻野家が呪われてることだけや」
 俺は窓から外を見ながら不満気に言った。
「それでも何かに呪われてることだけははっきりした。明日大本さんが来たらあんじょう見てもろたらええ。お母ちゃんはもう疲れた」
 お袋はそう言うと黙って寝室へ行った。親父が秘密にしていたことがショックだったのだろう。親父は一人で何とかしようと思ってたのだろうか。それとも諦めていたのだろうか。もしかしたら信じていなかったのかも知れない。俺だってまだ信じているわけじゃない。人間が呪いなんかで死ぬわけがないと思っている。陽子は怖いと言ってお袋の部屋へ行った。

 俺はリビングに一人残されてもう一度親父の日記を開いた。親父は荻野家の呪いを知って、どうやって今まで生きてきたのだろうか。親父が諦めたとは思えない。何かしたはずだ。だけど日記に書いてあったように短命で死んだ。四十代は若すぎる。
 タクシーの運転手が言っていたことも気になる。お袋は噂話だと言ったけど、あれも呪いと関係あるのだろうか。祈祷師は悪い念が渦巻いていると言ったし、俺の命がかなり危険な状態だと言った。俺の知らないところで、得体の知れないモノが迫っているらしい。毎日の生活を思い返してみたけど、そんな気配は何ひとつ感じないし、今だって何も感じない。もしかしたら親父も俺と同じように何も感じず、突然何かが起こって死んだのか。不本意だが、ひとまず明日は祈祷師の言葉に耳を傾けようと思う。呪いとか、念とか言われても、具体的にどういう状況なのか想像することができない。やはりどう考えても、目に見えず存在しないものが人の命を奪うとは思えない。


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第一章(十一) [小説<十九歳の呪い>]

      第一章(十一)

 翌日目が覚めると、お袋と陽子が家の掃除をし、書類をある程度分類して並べておいてある。祈祷師に見て貰うつもりなんだろう。
「さっき電話があって、もうすぐ着くそうや、健二も用意しときや」
 お袋が台所から叫んでいる。用意しろって言われても何をすればわからない。目を覚まして顔でも洗っておけばいいだろう。窓から外を見ると、昨日見たように橫井戸には工事用の目隠しがしてあるが、工事をしている気配はない。
「橫井戸は何をするつもりなんや」
 お袋に訊くと、
「あれか、あれはなぁ、お父さんが始めたことや。工務店に頼んですぐに死んだから結局何にもできんままほったらかしや」
 お袋はそう言うと外に出て行った。祈祷師が来たのかも知れない。

 表座敷からお袋の声が聞こえ、祈祷師の声も一緒に聞こえてきた。どうやら着いたようだ。俺も陽子も呼ばれて、家族が表座敷に集まった。時計を見ると十時前だ。余程早く家を出たのだろう。祈祷師は表座敷に入ると真っ直ぐ仏壇に向かった。しばらく黙って、仏壇の中に置いてあるお守りやらお札の山を見つめていたが、ゆっくり頭を下げて礼をすると俺たちの方を向いた。昨日の柔和な表情は見られず、やや強ばったようにも見える。自然に自分の表情も固くなってくるのがわかる。祈祷師は一瞬戸惑うような仕草を見せ、少し間を置いて話し始めた。
「………正直に申し上げます。この家はいけません。息苦しくなるほどです。何とも言いようのない空気と申しましょうか、まるで密閉された容器の中に腐臭が淀んでいるような印象を受けます。私は人一倍敏感ですので、身体の筋肉が隅々まで緊張して震えが出始めています。よほど注意しなければいけません」
 祈祷師は、膝の上にのせた指先を微かに震えさせている。
「何がいけないんですか?」
 お袋が小さな声で訊くと、祈祷師は辺りを見廻すようにして話し始めた。
「大袈裟なようですが、生きた心地がしないのです………その原因はまだわかりません。しかし、これほどとは思いませんでした。長男の健二さんは何か感じることはありませんか?」
 祈祷師はそう言って俺を見つめた。
「確かに、薄気味悪いと感じることはありますが、それ以上は何もないです。そんな、生きた心地がしないとか思ったことは一度もありません」
「そうですか………私の思い過ごしならいいのですが、経験上からも私の感覚は間違っていないと思います。実に巧妙な相手です」
 祈祷師はそう言って表情を硬くした。
「巧妙な相手って、何か見えるんですか?」
 陽子が怯えた表情で訊いた。
「いえ、そうではありません。世間には霊が見えると言って脅かす霊媒師は沢山いますが、私はそうは言いません。感じるだけなのです。何かの存在と申しましょうか、それは怨みとか、よく言われる怨念という種類のものです。そのようなエネルギーを感じてしまうのです。この家はそれが尋常ではないほどに感じるのです。二百年間荻野家を悩まし続けてきたのはこのエネルギーなのでしょう。とても厄介な気がします」
「どうすればいいのですか?」
 お袋が不安そうに訊いた。泣きそうな顔に見える。
「とにかく家を拝見させて頂かないことにはわかりません。よろしいですか?」
 祈祷師はそう言ってもう一度部屋の中をゆっくり見廻した。


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第一章(十二) [小説<十九歳の呪い>]

              第一章(十二)

 お袋は、祈祷師の後から付いて歩くようして案内し始めた。六部屋にリビングダイニング、それに土間が付いている。二部屋は洋風に改築し、昔は土間の続きが台所になり竈があったが、今は土間をタイル張りの玄関にし、竈のあった台所は茶の間と続きのフローリングにしている。煤で真っ黒になった天井は、今風の建築材を渡して見えなくしてある。どの部屋にも天井の隅に小さな板があり、蝋燭を立てるようになっている。通常は使わないが、正月にはその板の上に餅を乗せ、蝋燭を立てている。
 祈祷師は、家の中を歩きながらも時々後ろを振り返ったり、急に立ち止まって天井を見上げたり、何かを警戒するような素振りを見せている。その度にお袋は身をすくめるようにしている。リビングに入ると祈祷師は立ち止まり、工事用の目隠しを見つめ始めた。
「あの向こうには何がありますか?」
 祈祷師が尋ねると、
「古い橫井戸があって、今はほったらかしです」
 とお袋が答え、親父が何かの工事を始めようとしていたことを伝えた。祈祷師はその橫井戸を見たいと、裏口から外に出た。しばらく裏の崖を見上げていたが、お袋が工事用の目隠しを取ると、橫井戸の入り口に立った。入り口の高さは二メートルほどあり、俺も陽子も入り口から少し離れて立った。、暗闇の中にカマドウマの大群が潜んでいることを知っているからだ。足を踏み入れたら、中からあのカマドウマが飛び出して来そうな気がする。
「懐中電灯か何かありますか?」
 祈祷師はそう言うと、橫井戸の前に立って入り口から奥を覗き込むようにしている。お袋が持ってきた懐中電灯で奥を照らすと、光は小さな祠を照らし出した。朽ち果てる寸前のように見える。
「あれは?」
 祈祷師は中には入らず、指を指して尋ねた。
「昔からあの場所にあって、何が祀ってあるのかようわかりません」
 お袋が返事をすると、祈祷師は少し後ろに下がり、目を閉じて掌を合わせるようにした。
小さな声で何かを呟いているが、お経のようにも聞こえ、何を言っているのかよくわからない。
「ここですね、この家を包み込んでいる気配の元はこの中です。中に入ってあの祠を確かめればいいのですが、自信がありません。正直に申し上げれば、ここに立っているだけでやっとなのです。それほどの力がこの橫井戸の中には渦巻いています。中に入ればどうなってしまうかわかりません」
 祈祷師はそう言うと、逃げるようにリビングに戻った。額に大粒の汗が光っている。
「こんな気配を感じたのは初めてです。これは余程のことと思って下さい。何か手がかりがあるといいのですが………」
 祈祷師はそう言うと、大きく息を吐いた。お袋は陽子にお茶を出すように言って、自分は昨日整理した書類の山をリビングに持ってきた。
「これは蔵の中にしまってあった古い書類なんですが、見てもらえますか? どこかにあの祠のことが書いてあるといいんですが」
 お袋はそう言って、祈祷師の前に黄色く変色した書類を置いた。祈祷師は額の汗を拭くと、一冊ずつ手に取り、表紙を確認しながら読み始めた。どれも橫井戸には関係なさそうで、表情一つ変えないですらすらと読み進んでいる。何冊目かを読み始めたとき、
「荻野重蔵という方はいつ頃になりますか?」
 と祈祷師が訊いた。お袋はバッグの中から、お寺で写した過去帳を取り出し調べ始めた。
「重三さんは、過去帳で見ると………二人目になります。その前が荻野清太郎で最初の犠牲者です」
「二人目ですね、そうですか。なるほど………」
 祈祷師はそう言いながら、達筆で書かれた書類を見ている。
「これは、重蔵さんの父親が書いたものですね。息子さんの葬儀に関係しているようです。表書きに、家督を継ぐ者以外には見せることが無いようにとありますが、読ませて頂いてよろしいですか?」


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第一章(十三) [小説<十九歳の呪い>]

            第一章(十三)

 祈祷師がお袋を見ながら尋ねると、お袋は黙って頷いた。何度か読み返し、また表書きを眺め、そしてまた読み返している。祈祷師の表情を見ていると、読み返す度に表情が硬くなり、時々大きく息を吐いている。そして天井を見上げ、また書類に目を落とした。何か重大な秘密が記されていることは見ていてわかる。お袋は祈祷師の視線の先を覗き込むようにして見ている。
 俺は祈祷師の身体から発散される張り詰めたものから逃れるように窓の外に目を向けた。工事用の目隠しが外され、その青いシートが風に揺れている。そして、その向こうに橫井戸の暗い穴が見える。祈祷師には言わなかったが、この家の居心地の悪さはあの橫井戸があるからだと思っていた。だから早く家を出て自立したかったし、この家に帰るのを躊躇っていたんだと思う。昨夜風呂に入ったときの気持ち悪さを思い出した。目隠しがあって黒い穴は見えなかったが、頭の隅には、黒い口を開けて待ちかまえる橫井戸があった。
 祈祷師は書類を閉じてテーブルの上に置き、少し怯えたような視線で辺りを見廻した。
何かを警戒しているように見える。祈祷師は俺にはわからない何かを感じ続けているのだろう。
「恐ろしいことです。大変申し上げにくいことが書いてあります。よろしいですね」
「はい、お願いします」
 お袋が答えた。
「手短にお話しします。この文書は、最初に犠牲になられた清太郎さんの父親が亡くなる間際に、次の当主である次男に話されたことが記されています。書いたのはその次男の方です」
 祈祷師はもう一度辺りを見廻すと、文書を手に取り、今の言葉に置き換えて読み始めた。
 
「親父様は臨終の床で次のように私に話しました。このことは誰にも言わずに死のうと思ったが、それでは大きな後悔を残したまま旅立つことになる。わしと、お前の兄である清太郎は大きな罪を犯した。お前の兄の死に様を見ればその罪の大きさがわかるだろう。わしもこんな死に様を晒すことになった。自分の愚かさを思うと無念でならない。
 あれは大嵐の夜だった。夜中に木戸を叩く音に起こされた。お前と母親は親戚に出かけていない夜のことだ。木戸を開けると、臨月の女が小さな女の子の手を引いて立っていた。土砂崩れに巻き込まれ、全身泥まみれで震えていた。父親の姿は見えなかった。どこかではぐれたか、死んだのだろうと思った。牛小屋の隅でいいから貸して欲しい頼まれたが、見ると、里の者ではなく山の者だとわかった。屋敷内で山の者に子どもを産ませるわけにはいかず、橫井戸を貸した。橫井戸に蝋燭を灯しむしろを敷き、清太郎にお湯を沸かして使わせるように言った。雨風は激しく戸を叩き、寝る前に様子を見てやろうと橫井戸に行くと、蝋燭に浮かび上がるように清太郎が立っていた。わしに気がついて振り返った顔は今でも忘れられない。あれは清太郎ではない、悪鬼が乗り移ったのだ。小さな女の子は、悪鬼が手に持った鎌で喉を真一文字に切られていた。臨月の女は肌を露わにされ、同じように首を切られていた。わしはその場に座り込んで言葉も出なかった。清太郎は女を見下ろして言った。〈山のもんは虫けらじゃ、わしに殺されて幸せじゃと思え〉
 女は首から吹き出る血を押さえながら言った。
〈忘れるで……ない……〉
 これが女の最後の言葉だった。言い終わる前に清太郎は心臓へ鎌を突き立てた。わしは何もできなかった。清太郎は死んだ女の腹を切り裂き、中から赤子を取りだした。清太郎は赤子の首を切り裂いたが、わしは確かに赤子の泣き声を聞いた。あの声が耳にこびりついて離れない。清太郎はあの時から気狂いした。わしは身体を震わせながら、朝までかかって橫井戸の中に穴を堀り葬った。気づいた者は誰もいなかった。橫井戸の祠はわしが祀った。だからあの祠のことは誰も知らない。後を継ぐ者だけにこれだけは教えておく。何があろうと朝晩絶やさず弔うことを忘れるな。報いは必ず来る。忘れるな」


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第一章(十四) [小説<十九歳の呪い>]

                第一章(十四)

 祈祷師は読み終えると、眉間に皺を寄せ黙って俯いている。お袋は涙をぽろぽろこぼし、陽子は泣くのを懸命に堪えている。俺もみんなと同じ気持ちで、顔を上げることも出来ない。目を閉じれば無残な光景が目に浮かぶ。荻野家がどんな報復を受けようと当然だと思えるし、代々の長男が清太郎と同じ十九歳で無残な死を迎えたことも納得できる。親父の死も納得できる。まだ報いは続いている。俺に悪い念が纏わり付いていると言った祈祷師の言葉は間違っていないのだろう。生きた心地がしないというのも、大袈裟じゃなくて本当なんだろうと思えた。全部荻野家の先祖が悪い。これが他人事なら、呪われて死んで当たり前だと思うし、ざまぁみろと思うだろう。だけどこれは俺のことだ。俺はバカな先祖のやらかしたことで死にたくない。
「俺はどうすればいいんですか?」
 祈祷師に訊いた。
「邪悪な念なら対処のしようもありますが、これは正当な理由があります。こういう念は恐ろしいほど強いのです。つまりそれだけ罪が重く怨みは深いので、私の力が及ぶかどうか………」
 祈祷師はそう言って唇を噛んだ。
「助けて下さい。お願いします。健二は何も悪いことしてません。全部あの清太郎という男の罪やないですか。お願いします。何とかお願いします」
 お袋は祈祷師にすがりついて泣き出した。
「こうして話している間にも、念が強くなってきているようです。私は全身に鳥肌が立ってきました。髪の毛も逆立つほどです。尋常じゃありません」
 天井板がバンと大きな音を立て、埃が落ちてきた。反射的に天井を見上げたとき、お尻に突き上げられるような衝撃を感じた。
「まずい! 逃げましょう」
 祈祷師は慌てて立ち上がり玄関に向かった。俺は何か気味の悪いものに包み込まれたような気がして身震いした。何かの存在を感じる。何かが迫っているような気がして急いで祈祷師の後を追った。お袋と陽子は俺の後から続いている。
 玄関に出ると少し楽になったが、気味の悪さは変わらない。とにかく早くここから離れたい。祈祷師は自分の車に乗り込み、俺たちも後に続いて車に乗った。
「急いで、早く!」
 陽子が叫んだ。気持ちが焦る。目に見えるものは何も無いが、何かが迫っていることがよくわかる。もう一度お尻が突き上げられるような衝撃を感じると、祈祷師はアクセルを踏み込み車を発進させた。
「玄関に女の子がいる。お兄ちゃんに遊んでって言ってる」
 俺は驚いて後ろを振り返ったが何にも見えない。
「でまかせ言うな」
「まだ言ってる。行かないでって言ってる」
「嘘つくな!」
「嘘じゃない、お兄ちゃんも見たでしょう!」
「何にも見てねぇよ」
 お袋はシートにしがみつくようにして後ろを見ている。
「陽子、お母さんには何にも見えへん。それはほんまか?」
「嘘なんか言わない! あれは、殺された子どもよ! 恨んでいるわ」
 祈祷師は黙ってハンドルを握っている。


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第一章(十五) [小説<十九歳の呪い>]

           第一章(十五)

「こんなことってあるんですか? 何かの気のせいやないんですか?」
 お袋が祈祷師に訊いた。
「私も今まで色々体験してきましたけど、これほどはっきりして、これほど恐ろしい思いをしたのは初めてです。祈祷師はそう言ってルームミラーを覗き込んでいる」
「大本さんは祈祷師やないですか、何か方法はないんですか?」
 俺が言うと、
「邪悪な念を取り除くことは今までに何度も経験しました。しかし、今回は別格です。あの文書からもわかるように、こちらに一方的に非があります。霊や念と対することは勝負なのです。正と邪で言えば、こちらが邪になるんです。邪を正にすることは道理に反することです。生きた人間の世界でも、霊や念の世界でも、道理に反することは最終的に負けてしまうものです。今まで阻止できなかったのは道理に反するからなのです………」
 祈祷師は声を落として言った。
「そんなら、悪い荻野家の人間はみんな死んでしまえいうことですか? 諦めてなるようになれって、そういうことですか?」
 お袋は後ろの席から身体を乗り出すようにして言った。陽子も助手席から祈祷師を睨み付けるようにしている。
「いえ、誤解しないで下さい。私はただ、原因をしっかり認識して欲しかったのです。もしも、一方的に霊が悪いと思っていると、火に油を注ぐようなもので、相手の力を強くするだけなのです。そこの所をよく理解して頂かないと、悪い結果を招くことになると言いたかったのです」
 祈祷師はもう一度ルームミラーを覗きこみながら言った。
「それならわかりました。悪いのはうちらの方に間違いありません。それはようわかりました。そやけど、どうしたらええんですか? 助かるんですか?」
「大丈夫です。きっと助かります。でも、今はあの家には近づかない方がいいと思います。どちらか身を寄せられるところはありますか?」
 祈祷師はそう言ってお袋を見た。


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第二章(一) [小説<十九歳の呪い>]

                     第二章(一)

 車はのどかな山道を走っている。お袋の姉が隣の村に住んでいて、しばらくその家に居候させて貰うことになった。電話で詳しい話は出来なかったが、丁度娘の翔子も大阪から里帰りしているので喜ぶだろうと言っていた。昔から仲の良い従姉妹で、陽子よりも六歳年上だ。もう結婚して子どももいると聞き、陽子の顔が幾分明るくなった。
 車が玄関前に止まると、車の音を聞きつけて叔母が出て来た。お袋と歳も近く、笑顔がとてもよく似ている。
「久し振りやなぁ、みんな元気かぁ」
 そう言って車の中に顔を突っ込んで話しかけてきた。
「姉ちゃんごめんな、ちょっと色々あってな、しばらく頼むで」
 お袋がすまなそうに言うと、後ろで玄関の扉が開いて小さな子どもが飛び出してきた。それを見た陽子の身体がビクッと動いたが、後から出て来た翔子の顔を見て身体の力を緩めた。
「翔子はなぁ、お産で里帰りや。来週が予定日なんや」
 叔母さんはそう言って後ろを振り返り、翔子が重そうなお腹を両手で抱えるようにして車に寄ってきた。
「久し振りやね、この子はうちの娘で愛梨って名前やねん。三歳になったばかりや」
 翔子はそう言って額の汗を拭い、陽子が嬉しそうに応えた。

 叔母さんは若い頃に亭主を亡くし、従姉妹を女手一つで育て上げた。今も仕事は続けているが、将来は翔子一家がこの家に戻り後を継ぐことになっているらしい。それまでの間は気ままな一人暮らしだから、気兼ねせずに居ればいいと言ってくれた。俺たちのただならない様子を察してそんな風に言ってくれたのだろうと思う。
 冷えた麦茶を飲み干したお袋が今日の出来事を話し始め、叔母が時々視線を向けていた祈祷師を紹介した。叔母は言葉を失い、呆然とした表情で視線を彷徨わせた。子どもの無邪気な笑い声が部屋に響いている。
「それは、ほんまか? 疑う訳やないけど、なんかの思い違いとか………」
「姉ちゃん、これはほんまなんや。荻野家は呪われた家系なんや。それがようわかった。何とかして健二を守らなあかんのや。この大本さんに祈祷をして貰うつもりやったけど、そんな事では太刀打ちできそうにないんや」
「それで………これからどうするんや。この家にはいつまでおってもかまへんけど、なんとかせんとあかんやろ」
 叔母が心配そうに言った。
「私からお話しします」
 黙って話を聞いていた祈祷師が口を開いた。
「この二百年間、荻野家の長男は十九歳で亡くなられ、二十歳になった方はいないとお聞きしました。信じられない話ですが、事実に間違いないと思います。恐ろしいことです。現代にこんなことがあるのかと思いますが、魂の領域は平安の時代から何一つ変わっていないのです。今日感じたものは間違いなく、過去からの怨念だと思います。百年過ぎようが二百年過ぎようが、霊の世界では時間は関係ないのです。昨日のことのように現実の中に蘇るものだと思います。容赦はありません。今の私には何とも申し上げられませんが、しかし、守りを固めることは可能だと思います」
 祈祷師はそう言って唇を横に結んだ。
「守りを固めれば助かるんですね?」
 お袋がすがるように訊いた。
「それは………相手の力によりますが………可能性はあります」
 祈祷師の言葉が頼り無く宙に浮いている。


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第二章(二) [小説<十九歳の呪い>]

                 第二章(二)

「どうすれば守ることが出来るのですか? 相手は目に見えないし、どんな方法で殺そうとするのかもわからないし、そんな相手を防ぐなんて、暗闇で棒を振り回しているようなものじゃないですか」
 俺は大本さんに率直に言った。
「私も祈祷師の端くれですから、できる限りのことはやります」
「大本さん、ほんまによろしゅうお願いします。この子を助けて下さい」
 お袋は畳みに頭を擦りつけるようにして言った。
「俺は何をすればいいんですか」
「健二さんは気持ちをしっかり持っていることが大切になります。それさえ守っていただければきっと大丈夫です」
 祈祷師はそう言って、俺を安心させようとしてくれた。俺もそう思いたいが、それなら今まで例外なく十九歳で亡くなったのはなんだったんだろうと思う。確実に九人の先祖は殺され、親父だって不可解な死に方だった。気持ちの持ちようで解決できるようなことではないように思える。実家で感じた恐怖を思い出した。目には何も見えなかったが、得体の知れない存在が迫っていた。もしもあの場所に一人取り残されたらどうなっていたかわからないと思う。
「二十歳の誕生日まで後三日ですから、それまで何とか頑張りましょう」
祈祷師が言った。
「大本さん、その三日間なんです。お寺の過去帳を見たら、九人とも二十歳になる直前が命日やったんです。あともう少しで二十歳やというのに………それで恐ろしゅうなって大本さんのところに駆け込みました。これからなんです」
 お袋は大本さんにすがるように言った。
「私は一度自宅に戻って必要なものを揃えます。それまでここで待っていてください。念のため夜になったら外には出ないように。それから入浴も止めて、一人にならないようにしてください。私は明日の朝には戻りますから、何かあったらすぐに電話をしてください。いいですね。それから、盛り塩とお札を貼っておきますからこれには触れないようにしてください」
 祈祷師はそう言うと、家の玄関、裏口、それに各部屋の四隅に盛り塩をしてお札を数枚貼り、急いで帰っていった。

「姉ちゃんごめんな、厄介なことに巻き込んでしもたなぁ」
 お袋が心細そうな声で言った。
「かまへん、健二を守るためや。みんなでここにおったら怖いことない。おなか減ったやろ、早うに晩御飯食べて、早う寝たらええ」
 雅代伯母さんは元気な声で言うと台所へ行き、後からお袋も手伝いに行った。
「お兄ちゃん、ここは本当に大丈夫? 塩と紙切れだけで守れるんか? なんか嫌な感じがする」


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第二章(三) [小説<十九歳の呪い>]

                   第二章(三)

「お兄ちゃん、ここは本当に大丈夫? 塩と紙切れだけで守れるんか? なんか嫌な感じがする」
 陽子は窓から外を眺めながら言った。この家も実家と同じように、後ろに裏山が迫り、前には田んぼが開けている。日暮れも近く、裏山の薄暗さは得体の知れないものが息を潜めているのではないかと思ってしまう。
「心配しなくていいよ、みんなでいれば大丈夫」
 俺は窓から裏山を見ながら言った。本当は俺だって怖くて仕方がない。あの裏山の暗闇から、今にも何かが現れそうな気がする。陽子は俺よりも感受性が強いのか、それとも霊感が強いのかわからないが、俺には見えないものが見えていたし、聞こえていた。陽子が見た子供というのは清太郎に殺された子供に間違いない。タクシーの運転手が見た子供もきっと同じなんだろうと思う。噂になっているというのは、他にも見た人がいるということだ。俺はもともと幽霊や心霊現象などは信じないが、今日感じたものはただ事ではなかったと思う。何かしらの確かな存在感を感じたのだ。とにかく恐ろしくて仕方なかった。世の中には目に見えない存在が確かにいるのだろう。もし目の前に現れたらどうすればいいのだろう。考えただけでも背筋に寒いものが走る。
「お兄ちゃん、誰かが見てる気がする」
 陽子はそう言って窓の外を指さした。
「誰も見てないし、誰もいないよ」
 俺はそう言ってカーテンを勢いよく閉めた。たとえ布一枚でも、視野を遮れば何かを防いでくれそうな気がしたからだ。努めて怖がらない風を装っているけど、狙われているのは自分だと思うと、何をしたって不安は消えない。このカーテンを閉めると同時に、あの暗闇から窓のすぐ外に来ているかも知れない。窓際にいることさえ怖くなり、窓から一番遠い場所に座り直した。
「お兄ちゃんは十人目の長男?」
 陽子が小さな声で言った。
「十人目って何だよ! 嫌なこと言うなよ。そんな事俺には関係ねぇよ」
 俺は陽子の無神経な言葉に腹が立った。陽子はそれ以上何も言わずカーテンを閉めた窓を眺めている。
「何をいつまで見てんだよ、食事の用意でも手伝えよ」
「カーテン開けてもいい?」
 陽子は俺の顔を見ないで言った。
「なんでだよ」
「閉めたら何にも見えないから」
「開けたって何にも見えないだろう、いいから閉めとけ!」
 俺は苛立って大きな声で叫んだ。陽子は黙って台所へ手伝いに行き、リビングに俺一人残された。台所から愛梨ちゃんの笑い声が響いて楽しそうだが、自分の中に苛立ちと不安が募ってくるのがわかる。姿の見えない存在に自分が脅かされるなんてあり得ない。何度も自分にそう言い聞かせたが、考えるほどにかえって不安が増してくる。思えば思うほど、危険が迫っているような気がしてしまう。


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